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上海という地名の響きは一種独特なものがあります。今日でも中国では最先端を行く街ですが、近代的な建物が続々林立している中で、多くの古き建物が同居している。これらの建物が語る上海の歴史を知るにつれて、奥の深さを感じざるをえません。ホテルラベルの観点からみれば、その創業は百年程度であり、決して古い時代のものではないのですが、これらのラベルが手渡された僅かな期間においてもこの地には数多くの人間模様が交差してきました。世界でも、このような多くの国の人々を惹きつけ魅了し、魔都と呼ばれた運命をたどった街は他にはありません。
多くの史実を知り、人々の生き様を知る作業はまだ続いてゆきますが、そうしたことを知るにつれ、これらのラベルが存在した時間を想像して更にその現実味を感じてゆきたいものです。残された古色蒼然とした建物が単に昔何々だったと知ることだけでなく、そこに生きた人達の生き様を知って歴史に翻弄された街上海を理解してゆくことが大切のようです。多くの歴史的事実を知れば、その証明ともなるこれらのラベルの姿が更に強烈なものになってゆくと感じざるを得ません。この街に関しては、これからも記述を続けてゆこうと思っています。 |
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今も100年以上も前の姿をとどめ、上海では最も古く人気のあったホテルです。僅か5階建てのホテルで、今日の高層建築群の中ではその栄華もかすれてしまっていますが、ホテルラベルをみれば、その多様性、素晴らしさに圧倒されます。
1846年にこのホテルの前身は創業します。当初はリチャードホテルと呼ばれ、1860年に売却された後アスターハウスと名を変えます。1907年に現在の地に移り改築されました。その後パレスホテル同様、The Hongkong and Shanghai Hotels.Ltdに買収されました。日中戦争中一時期日本YMCAにもなりました。戦後は「浦江飯店」と名前を変えました。
歴史あるホテルとして、多くの著名人がこのホテルにその名を刻んでいます。いつかは訪れてみたいホテルです。 |
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| これらのどのラベルもコレクター垂涎のものばかりです。Dan Sweeneyのラベルはここにも登場し、今もこのホテルの代表的なものの1枚となっているが、その他の、特に旗のラベルは滅多に見ることもできないラベルです。リヒター社J. paschalのラベルも左に見れます。それぞれのデザイナーが表したアスターハウスのかつての栄華を今となっては知ることも難しいのですが、これらの秀逸なデザインのラベルはその当時に旅した旅人はもとより、その時代を知らない現代の我らにも感動を与えるものといえます。 |
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左の楕円のラベル。これらは
The Hongkong and Shanghai Hotels.Ltdの共通デザインとして作成されたものでしょう。下のホテルにも紹介していますが、日本の時代としては大正時代のものです。今ではDan Sweeneyのラベル同様人気があり、貴重なものとして多くの人の羨望のラベルですが、なかなか見ることはできません。 |
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収集の中に左のタグラベルも見つけました。
ホテルラベルに比べてあまりにシンプルです。
タグラベルでは仕方が無いのかもしれませんがこうしたラベルがあったことが判っただけでも貴重なことです。
戦後一時期安宿的な存在にもなったといわれています。そんな頃のものでしょうか。今では詳細はわかりません。 |
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日本ホテル略史には昭和12年8月26日日本人の経営となる(深水孝)とあります。昭和16年には日本軍の管理下となりました。太平洋戦争終戦間際には一時期YMCAとして利用された(1941年)といわれています。
こうした中での日本語表記のラベルなのでしょう。帝国ホテル百年史には終戦末期の昭和17年南方に進出したホテル業者の記述があります。その中では、このアスターハウスの経営は日光金谷ホテルに任されたとされています。その時期の詳細はまだ得てはいませんが、終戦までの限られた時期の貴重な証明といえるラベルです。 |
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| 更に左と上のこのホテルのラベルを得ました。当初リチャードホテルと呼ばれていた頃には禮査飯店と書かれていました。アスターハウスホテルとなってからも「禮査飯店」と中国名では使われていたそうです。これらはまだ日本が経営していた僅かな期間のラベルです。 |
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| かつての上海キャセイホテルは現在のフェアモントピースホテルであり、旧「和平飯店北楼」として戦後知られてきた。その建物はSassoon Houseとして当時上海最大のコングロマリット・サッスーン帝国の本拠地でした。清朝末期の中国の歴史を知らずに上海やこのホテルを調べていると、サッスーン氏という存在を知ることになります。アヘン貿易で巨万の富を得たサッスーン家第4代の頭首、Victor Sassoonによって1929年にこの建物は竣工、5階から10階がキャセイホテルでした。 |
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| 上海のラベルは総じて素晴らしくそれらは上海の黄金時代を象徴するようなものなのかもしれません。コレクター垂涎のラベルが多く、入手も容易ではないものばかりです。右のラベルはレプリカにもなる有名なものですが、オリジナルは1937年(昭和12年)に中国を旅した米国人から得たもので、日本や中国、ジャワを旅してきたそうです。1937年といえば、11月に南京事件が起こるなど中国において、日本軍との衝突が表面化し日中戦争の泥沼に入り始めた頃といえます。このホテルは川島芳子の名も登場していたと言われます。1941年(昭和16年)太平洋戦争が勃発、本格的に日本軍が侵攻を強め租界を占領するに至り上海における黄金時代は終焉したといえます。そうした混乱の時代を知るにつれ、これらのラベルが輝いた時代の終焉はつくづく残念でならないと思えます。 |
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1937 |

| 右上のこのホテルの代表的な1937年のラベルの別バージョンを得ました。よくみると色の劣化というか甘くなっていました。ホテルの下には支配人と思われる人の名が。ラベル自身をコピーしたような感じのものです。これまで見てきたこのラベルが右上のものばかりだったこともあり、これは、その後の短い期間に発行されたものではないだろうか。大きさ、紙質は同じものでした。 |
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| このホテルの代表といえるラベルの3枚目を得ました。真ん中にCATHAY MANSIONが描かれています。CATHAY MANSIONは現在の錦江飯店北楼であり、1928年建造といわれています。図柄としては上のラベルをほぼ同じもので、実際どちらが最初なのかはわかりません。よく見れば、左右の竜の目が上を見ているのが楽しい。 |
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| サッスーン帝国時代の戦前のラベルと下のような戦後のラベルとは大きくその様子を変えています。上海に於いては高級ホテルとしての存在であったからこれらのラベルを得ることもまたステータスであったのだろう。 |
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中華人民共和国が1949年に建国された後一時的にオフィスとして活用されてきましたが、1956年に「和平飯店」(Peace Hotel)として再開しました。
上の2枚は直径13cmもある大きなラベルです。かつてのサッスーンハウスを象徴する大きさといるでしょう。戦後のこれらのラベルは中国の混乱期を考えれば珍しいラベルの一つといえる。ただ、矢張りデザイン的には寂しいものになってしまっている。 |
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| 2007年に一旦閉鎖され、2010年に今日にフェアモントピースホテルとなりましたが、右のラベルはこれまでの和平飯店として1956年からのものの中ではPEACE HOTELの名は記載されていませんでした。このホテルに関しては残るは現在のフェアモントホテルのものだけでしょうか。このように、各時代のこの場所のホテルのラベルを揃えることができたのは嬉しい限りです。あとは、実際に泊まることだけですかね。 |
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| 上のSassoon Houseの南側、通りをはさんで「和平飯店」(the Peace Hotel)南楼にあたるのがかつての「Palace hotel」です。1906年に英国人によって建てられ、伝説のルーフガーデンを所有してたホテルでした。1923年には、The Hongkong and Shanghai Hotels.Ltdの支配下となりました。1937年には日中戦争さなか、中国軍の爆弾投下により大破してしまい、今日この建物にはラベルや絵葉書に見る屋上のルーフガーデンの姿はありません。 |
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隣のキャセイホテルより古い歴史があり今日ではその存在も逆転していますが、ラベルとしてはDan Sweeneyのデザインラベルがありこれもコレクターズアイテムとなっています。
下の丸型のラベルは香港上海ホテルグループとなる前のものでしょうか。ベルト型デザインの代表の一つともいえるもので、これも垂涎のラベルです。 |
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知っている限りでは、このPALACE HOTEと
ASTOR HOUSE,MAJESTIC HOTELの3枚です。同じデザインで色を変えただけのものですが、いかにも欧州的なデザインである。紋章を使ったラベルはホテルラベルとしてはあまり多くはありませんがこれはこれで威厳を感じるデザインとなっている。 |
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1934年中国資本のホテルとして開業したこのパークホテルは、80年代まで上海では最も高い摩天楼でした。開業当時の建物のまま今も見ることが出来るが、幾度かの改築により当時の面影は大分変ってしまったようではあります。現在は「国際飯店-上海」です。
競馬場を見下ろす位置にあるホテルですが、この競馬場自身は戦後1951年には姿を消し、現在もこのコースの形を残す公園となっています。 |
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| このホテルの代表ラベルは左のものです。パークホテルと競馬場は切り離せないものだったのでしょう、色鮮やかな現代風のラベルデザインとなっていました。現在は国際飯店となっていますが、相変わらずPARK HOTELで通用するようです。名前を変えても当初のデザインを踏襲した珍しい例といえます。 |
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左端の高い建物がパークホテル。手前は競馬場。 |
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| Majestic hotel - shanghai |
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| このホテルは、元 George McBain (マクベイン船長)の私邸で、家族が暮らせるようにと建てられた大邸宅でした。1924年Hongkongホテルが買収し、Majestic Hotelとして営業を開始しました。ホテルは上海の社交場としても有名だったそうです。このホテルでは、蒋介石が1927年12月の結婚式の披露宴会場としても使用されました。そんな社交場も1930年にはサー・ヴィクター・サッスーンの手に渡り1935年には取り壊されてしまいました。 |
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営業年が短いこともありますが、このラ
ベルもあまり見ることの無いラベルです。
幸いにもそうした状況でもDan Sweeneyのデザインのものが作成されていて、その図柄から僅かに当時の様子を想像するしかないようです。上海の社交のドラマの中では常にその名が登場するホテルでしたが、残念ながら今はその建物を見ることはできません。
さらに1枚みつけました。これもまた珍しいものです。一番下のラベルは支配人の名があり、HONGKONG HOTELに買収される前のもののようです。 |
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| Broadway mansions hotel - shanghai |
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| 1934年に完成したこのホテルはもともと「英国の高級住宅ホテル」として建築されたものでした。キャセイホテル同様サッスーン一族の所有であり、バンドにそびえたその建築は遠く海外まで知られた存在でした。太平洋戦争中の1939年3月25日上海恒産会社の手に移り(総支配人 岡準)、昭和16年には日本軍の管理下となりました。戦後は度かその所有や名前が変ったが、その外観は変ることなく今日まで続いており、5つ星としてホテルは存在するが内装改築後の評判はよくないようだ。 |
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| このホテルのラベルは最近発見したもの。戦前はブロードウェイマンションという名だったが、戦後は何度か名を変えていたといわれています。「上海大厦」という名は1951年から1969年といわれているが、今日でもこのホテルの中国名は「上海大厦」で通っている。左のブロードウェイマンションホテルという名は近年のこととも言われているがその詳細はまだ不明であり、このラベルはあまり見ることがないラベルではあります。 |
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最も最近の?ラベルが右のものでしょう。
その姿は戦前と全く変わらないようで、今日では
SHANGHAI MANSIONという名になっています。
どれも正確な年代はわからないのが残念ではあるがこうして変わらぬ姿を描いたラベルを見ることができるのは嬉しいことではある。 |
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| New asia hotel - shanghai |
| 上海市天潼路422号 |
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| 1934年に完成した9階建ての建物は当初邸宅として使われていたそうです。今日もその姿を留めていますが、内装は一新されています。昭和14年3月1日日本人石原基義の手により復興開業す(支配人榊厚州)、と日本ホテル略史には記載されていました。昭和16年には日本軍の管理下となりました。 |
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このホテルはこれまでに紹介した上海のホテルの中では格が下がってしまうホテルでしたが、既に知られたホテルでした。長いことかかり、ようやく、このホテルラベルを得ることができました。
このホテルの歴史はあまり多くを知りません。これも昭和の中ごろから終戦の昭和20年までの間のものです。既に70年近くになるだけに、このホテルを実際に知る人も多くはありません。 |
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| 上は戦前、日本が進出していた頃のラベルですが、右が現在のラベル、、でしょうか。偶然にみつけました。 |
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| 1929年 華懋公寓(現、錦北楼)の完成がこのホテルのスタートでした。多くの国家首脳もこのホテルを利用している歴史あるホテルです。錦江飯店として正式に開業したのは1951年からだそうです。ラベルはその頃以降のものでしょう。 |
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| Burlington hotel - shanghai |
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| このホテルの詳細は不明です。しかしながら、左のような楕円にデザインされたラベルは中国、アジアによく見られたものです。偶然に見つけたこのラベルのホテルに興味が沸きます。探したら右の別のものもありました。同じ名のホテルながら、よく見ると番地が違っています。歴史ある建物のようですから、この詳細を知ることが出来ればと思っています。 |
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