満州のホテル・旅館

満州は今日の中国東北地方一帯であった。日清戦争、日露戦争、満州事変を経てこの地域には、開拓団として多くの日本人が海を渡り生き抜いていた。それらも時代の流れと共に記憶、記録にだけ残ることとなっている。当時の記憶を残す人々もだんだん少なくなり、当時のことは歴史の中に消えてゆく。これらのラベルのホテルは全てもう無い。満鉄のヤマトホテルのように多大な資本を持つものとは違い、当時の旅行誌に記載されたホテル・旅館は殆どが個人経営的なものだったに違いない。その姿さえ殆ど見ることもなく消えていった。僅かに旅行誌等に記載された名前だけの、どんな経営者の元、どんな人が関わった宿だったのか、今更知ることも無いのだが、こうして記載された宿の色鮮やかなラベルを見るにつけ、あの時代は確かに存在したのだと実感させられる。誰がどのような旅の途中で得たものだったのか、それさえ知らずに紙片だけが残った。当時の宿のラベルを全て見ることは不可能である。旅行誌に載らないラベルさえ残っている。多くがモノクロ、セピア色の古い時代と興味を持ちにくいものなのだが、こうしたそれぞれのデザインされたラベルには個性があり、主張をしていたことがよく判る。実際に跡を辿ることはできなくても、当時の歴史を学び、知り、当時の旅人となって当時の風情を知ることは正しい歴史認識をもつ意味でも重要なことであろう。
大連

大連 遼東ホテル 大連 磐城ホテル 大連 中央ビルホテル
大連 天満屋ホテル 大連 日本橋ホテル 大連 亜細亜ホテル 大連 大和館
大連 東郷旅館 大連 春田旅館 大連 日本館
大連 トキワホテル 大連 トキワホテル 大連 ナニワホテル
大連 南満ホテル 大連 東洋ホテル

大連 錦水ホテル 大連 東ホテル

 大連 信濃町にあった錦水ホテルのラベルを4枚入手しました。それぞれの顔をもつラベルなだけに大変貴重なものといえます。歴史書の中での存在ですが、どのようなホテルだったのか、こうして色鮮やかなラベルを見るにつけ興味が沸きます。かつてこの時代を経験してきた人達はどんどん鬼籍に入り、その正確な経験、様子を知らぬままになってしまっています。そうした中でも、彼の地を旅する人が増え、当時の様子の画像をアップしてくれる人からまだ当時の建物が残っていることを知ります。ラベルにもなる遼東ホテルは6階立ての立派な建物で、通りの角に今も残っています。錦水ホテルはすぐ隣に3階建てのこじんまりとしたホテルでした。建物はかつてのままとはいえ、時代が違うだけに、当時を知る人以外には感慨を深くするのは難しいのかもしれません。
大連 錦水ホテル
昭和15年版 「旅程と費用概算」(日本旅行協会)から 大連の旅館
中央ビルホテル 亜細亜ホテル 遼東ホテル 天満屋ホテル
花屋ホテル ナニワホテル 春田旅館 東郷旅館
鎮西館 東洋ホテル 南満ホテル 東旅館
日本橋ホテル 磐城ホテル 錦水ホテル 大連ホテル
辰巳、大和館、富士屋、日本館、トキワホテル、名古屋、山岡、三杉、鹿児島など

奉天

奉天 大星ホテル 奉天 山陽ホテル
奉天 瀋陽旅館分號 奉天 九州館 奉天 満州旅館

奉天 平和ホテル

奉天 常盤旅館
昭和15年版 「旅程と費用概算」(日本旅行協会)から 奉天の旅館
(*青文字は「奉天観光案内」昭和13年版から)
平和ホテル マルナカホテル 大星ホテル 大丸旅館
東亜旅館 日進旅館 奉天温泉ホテル 昭和ホテル
松島旅館 武蔵屋旅館 九州館 常盤旅館
平安ホテル 瀋陽館 一力旅館
ホービルホテル 満州ホテル 日満ホテル ホテル清風寮
浮月旅館 七福屋ホテル 山陽ホテル

新京

新京 国都ホテル 新京 大新ホテル 新京 旭ホテル 新京 松屋旅館
昭和15年版 「旅程と費用概算」(日本旅行協会)から 新京の旅館
(*青文字は「昭和10年版から)
向陽ホテル(大和通) 太陽ホテル(永楽町) 新京ホテル(富士町) 大和屋旅館新館(東三条通)
満蒙ホテル(中央通) 松屋旅館(興安大路) 国都ホテル(中央通) 中央ホテル(中央通)
愛国ホテル(吉野町) 都ホテル(朝日町) 富士屋旅館(中央通) 大平旅館(大和通)
旭ホテル(日本橋通) 新都(大和通)
満州屋(三笠町) 常盤旅館(三笠町) 白石旅館(富士町) 西村旅館(日本橋通)
北満ホテル(吉野町) 梅屋旅館(三笠町) 大丸(錦町四丁目) 満蒙旅館(大和通)
新京 新京ホテル

旅順

旅順 旅順ホテル

湯崗子温泉
湯崗子温泉
満州三大温泉地のひとつ、湯崗子温泉。温泉旅館は、全て湯崗子温泉会社の経営で同一境内に集まっている。
設備と待遇とにおいて全満に知られた「對翠閣」。療養滞留客向けとして、経済的な「玉泉館」。日帰り客、又は団体客によい「清林館」。洋式で満州国人、露西亜人向けとしての「龍泉別墅」があり、いづれも内湯の設備を有している。
 この地のラベルは一番左のものをよく見ることがあったが、幸いに三枚手にすることができた。右のラベルには、上記の旅館の名が記されているが、左、中のものには、温泉地としてのラベルとなっていました。同じ経営だからでしょうが、このように異なった種類のラベルがをみるにつけ、多くの人達がこの地を楽しんだことが想像される。中のラベルはしっかりと厚手のニス挽きが施されていました。

急行「はと」に乗れば、大連から四時間四十分、奉天から一時間半の行程にある。満鉄本線湯崗子駅の東北400米、田園の間に湧出する満州三大温泉の一つで有名な土風呂のある所である。温泉は無色透明のアルカリ性温泉で、リウマチ・湿疹・婦人病・ヒステリー・腺病等に効がある。(昭和15年「旅程と費用」より)

吉林

吉林 名古屋ホテル 吉林 松屋旅館 吉林 日清ホテル
吉林 日清ホテル


哈爾浜(ハルビン)

ハルビン ナショナルホテル ハルビン 東洋ホテル ハルビン 国際ホテル ハルビン アジアホテル
ハルビン ニューハルビン ハルビン 名古屋ホテル ハルビン 鶴屋旅館
昭和15年版 「旅程と費用概算」(日本旅行協会)から 哈爾浜の旅館
(*青文字は「昭和10年版から)
ナショナルホテル(地段街)
(ウチャストコヴァヤ街)
名古屋ホテル(モストワヤ街) 榮屋ホテル(水道街)
(ワドブラヴォドナヤ街)
亜細亜ホテル(斜紋街)
(デヤゴナリナヤ街)
鶴屋旅館(斜紋街)
(デヤゴナリナヤ街)
北海ホテル(石頭道街)
満州ホテル(石頭道街)
(モストワヤ街)
満平ホテル(斜文街) 花屋ホテル(田地街)
松花ホテル(中国六通街) 東洋ホテル(地段街) 富久屋旅館(義州街)
都ホテル(南崗郵政街) 富士ホテル(大通街) 大星ホテル(水道街)
ホテルニューハルビン(大直街)
北満ホテル
(ノヴォゴロドナヤ街)
中央ホテル
(キタイスカヤ街)
佐賀ホテル
(ボリショイブロスペクト通)
<外人経営ホテル>
モデルン・ホテル
(キタイスカヤ街)
グランド・ホテル
(スンガリスカヤ街)
パラス・ホテル
(シロカヤ街)
オリエント・ホテル
(ノヴォトルゴヴァ街)
ヨーロッパ・ホテル
(ルスカヤ街)
シベリア・ホテル
(コムメルチェスカヤ街)

ハルビン グランドホテル

満州里
通遼
熱河
満州里 日本ホテル 通遼 通遼ホテル

鉄嶺

遼寧

鉄嶺 杏花ホテル 遼寧 葉柏壽 福壽ホテル

安東

牡丹江

安東 安東ホテル 牡丹江 おた福旅館


満州航空株式会社

日本航空輸送株式会社

大日本航空株式会社