The world of
HOTEL NEW GRAND
 待望の奈良ホテルである。古い絵葉書を何枚も見ているが、この姿は昔と全く変っていない。天皇陛下をはじめ、多くの賓客を迎えてきたこのエントランス。誰もがこの重厚な雰囲気にしばし萎縮してしまうが、ひとたび宿泊客となればこの場で過ごす僅かなひと時の優雅な時間を堪能できる。
 古都奈良にふさわしい建築物である。京都から1時間程度の場所であるから、多くの人達が京都を基点として日帰りの観光地となってしまっているせいか戦前から名を残すホテルはこのホテルだけである。戦前から名を残す100年を越えるホテルは数少ない。ましてや創業当時の姿を残すものは更に少ない。
 今回、ようやくにしてこのホテルに泊まる機会を得た奈良への旅であった。目的がこのホテルであったので、奈良観光は殆どせずの僅かな時間ではあった。地図を見て、近鉄奈良駅から歩いたのだが、思ったよりも近くあっけなく到着した。商店街を越えるとすぐに猿沢の池、興福寺の五重塔を左に見て歩くと、鹿がすぐそばで草を食べている。その先を右に折れて荒池を見ながらその先にその姿を見せていた。
 荒池から眺める奈良ホテル。これもまた是非この目で見たかったところである。下の絵葉書を見てもわかるように古くから多くのこのホテルの絵葉書にはこれらのアングルのものが多く発行されてきた。荒池からの眺め、、を期待したが、こんなにも樹木がうっそうとしているとは知らなかった。冬枯れの頃でないともう少し建物は見えないようだ。とはいえ、季節毎にここからの姿を見る優雅な旅をまたしてみたいものである。
これらの絵葉書を見て、この地を夢みていた。その姿は先人が見たものと変らず、安心した。
門から入口までは暫く歩く。だから、ふらっと立ち寄るという感じではないのかもしれない。いざ、ホテルへ・・・という感じか。
 明るすぎない重厚なロビーと受付。分厚い絨毯も周りとさりげなく調和していた。たまたま若いカップルがいたが、静かで重厚な空間を味わうのもいいかもしれない。
静かに、静かに。
 ロビーを見上げると二階の回廊が見える。吹き抜け格天井。さりげなく名画があちこちに展示してある。ロビーには大正時代には使われなくなったマントルピースと上村松園の「花嫁」が飾られていた。
 部屋はスタンダードツイン140号室であった。手元に戦前のホテル平面図がある。部屋の配置は現在と殆ど同じであり、当時は66号室であった。内装は変っているであろうが、この部屋で優雅な時間を過ごした人はどのような旅の一頁を綴っていたのであろうか。ここも程よく暗く落ち着いて過ごすことができた。
 部屋自体は広くは無かったが、天井が高いので圧迫感はなかった。ゆったりした造りが心地よい。
 夜食はメインダイニングルームの三笠であった。場所柄、敷居が高いからと外に食べに行くという雰囲気ではない。折角だから、メインダイニングでホテルの料理を堪能した。メインダイニングといえば、日光金谷ホテル、軽井沢万平ホテル、富士屋ホテルなど、クラシックホテルならではの楽しみの場でもある。万平ホテルに寄った時は時間が無かったが、奈良ホテルではこのメインダイニングで優雅に美食を堪能させてもらった。こうしたホテル宿泊の楽しみはそれぞれのホテルの食事にあるのであろう。テーブルに置かれたメニューカードには「斑鳩」と。ホテルニューグランドのシェフの本にも書かれていたように、食後にはこのメニューカードは持ち帰った。確かに、名ホテルの古いメニューなどをよく見かける。日付が入ったそのメニューはその時だけの記念でもあるのだ。今回のものは日付は入っていなかったが、かつての旅人が味わったように、その貴重な旅の日の思い出となったのである。味は画像にては伝わらぬもの、全ては記憶に留めておくべきものである。
 ともかくも、優雅に過ごした夜食はこの旅の思い出の一つでもあった。ダイニングの殆どの人達が同じく、ゆっくりと楽しんでいたのが印象的である。
 カフェテラス。ここも目的の一つでした。あまり広くないが、一面ガラス越しに庭の樹木を眺めながらゆったりとした椅子でケーキセットを注文した。どんなケーキが出てくるのか、ホテルに訪れたら是非楽しんでみたいと思っていたものだ。何がお勧め?なのか。特に知らなかったので、最初は普通にケーキセット。翌日は日本橋三越で知ったアップルパイが目当てでのセットにした。薄皮で柔らかくぎっしりつまったアップルパイは是非また食べてみたいと思っていた。
 他のお客さんが言っていたが、ケーキ持ち帰れないんですか?と。衛生上持ち帰れないとか。残念がっていました。
 運がよければ、庭先に鹿も来るとか。外にもテーブルがあり季節によっては外で楽しむのもいいかもしれません。
 ここが今回の旅の本題である。昨年100年を迎えたこの奈良ホテル。資料室も作りそこにはこの100年の年表が掲げられている。それを見て、このホテルの重厚さが判るのかもしれません。
 万平ホテル、金谷ホテル、ホテルニューグランドにつづいて四番目のパネルを提供できた。ラベルの多さからも他のホテルよりも大きなパネルとなっています。まだまだラベルへの意識も伝わっていないようですが、それぞれの時代の人達が記念の品としてカバンに貼られたり持ち帰られたきたものと考えるとその価値、存在感もまた変ってくるのではないでしょうか。今日の旅の思い出のラベルは?そういう思いで、貴重な一夜の記憶と思い出を積み重ねていってもらいたいものです。今日でも。私の宿泊記念のラベルも作成しました。それもまたホテル宿泊の楽しみですから。
 宿泊後半月以上かかってしまいましたが、宿泊ラベルを作りました。どういうラベルがいいか、とかくにこれまでのラベルの印象が影響して作るものですが、歴代の奈良ホテルのラベルとは全く違うもとなりましたが、どうでしょうか。奈良のイメージ、鹿や五重塔がモチーフとなってきていましたし、それを入れてみました。

 ともあれ、今回のラベルを作成して今回の旅は完結です。時間がたち、また再び訪れるときにはまた新たなデザインができることでしょう。

<参考にこれまでに宿泊された著名人>
<戦前>

 明治44年:乃木大将、

 大正7年:セルゲイ・プロコフィエフ、大正10年:バートランド・ラッセル、大正11年:エドワード8世、アインシュタイン、

 昭和4年:グロスター公、昭和6年:リンドバーグ、昭和10年:満州国皇帝 溥儀、昭和11年:チャールズ・チャップリン、昭和12年:ヘレンケラー

<戦後>

 昭和20年:ホセ・ラウレル フィリピン大統領、昭和28年:リチャード・ニクソン米副大統領、昭和29年:ジョー・デマジオ、昭和31年:マーロン・ブランド、昭和32年:ネール首相(インド)、昭和58年:オードリー・ヘップバーン

 戦前戦後を通じて何度も天皇陛下、皇族方が宿泊されています。