The world of
HOTEL NEW GRAND
yokohama
 横浜のホテルニューグランドである。山下公園を望み80年の年月を経ても創業当時の姿をとどめるこのホテルは近隣の近代的ホテルの中においても象徴的な存在である。ホテルの歴史を知れば知るほどその思いは高まる。昭和2年の創業当時は船が海外との唯一の手段であり、横浜の大桟橋に到着すると必ずその旅装を解き船旅の疲れを癒す場所であった。外国人専用のホテルとして、戦前は多くの著名人がこの地から日本を旅し、このホテルで横浜の港を眺めてきた。残念ながら、終戦後の接収時にそれ以前の貴重な資料などは失ってしまったから、チャップリンやベーブルースがどの部屋に泊まっていたかは判らない。
 戦後何度かの改修で、幾分室内の様子は変ったようであるが、窓からの眺めは昔も今と同様素晴らしいものであったに違いない。多くの歴史を知り、この場所から眺めた多くの人々の思いを同じように実感することは贅沢な時の過ごし方かもしれません。
 氷川丸が正面に見える4階の433号室はグランドツインである。元々が広い設計のものではないようで天井も高くは無くどちかというとこじんまりした感じではあるが、部屋に入ると落ち着いた。1月の外の寒さもあったからか、部屋の暖かさもまた落ち着く要因でもあったのかもしれない。
 氷川丸はこのホテルの誕生の3年後。チャップリンを乗せてきたのは1932年のことでした。その後現役を引退し、この場所に係留されたのは1961年のことで既に半世紀この眺めをこの場所は提供していたことになる。
 「ホテル・ニューグランド50年史」「ホテル・ニューグランド80年史」ホテル・ニューグランド料理長高橋清一氏の「横浜流」を読んでこの場所に臨んだ。歴史に残る人達が見た多くの場所を体感する。多くはもう当時のものとは変ってしまった。昭和12年の開業したルーフガーデンは絵葉書やパネルの写真で見ることができ、大仏次郎氏もこの屋上からの眺めを楽しんでいた。戦後このルーフガーデンも被いが出来、今日は日本料理のレストランになっている。2階のテラスの様子も絵葉書とは変ってしまっている。然し、それを知らずとも、その雰囲気は当時の様子を変らず伝えるものでありソファーに座れば時を忘れさせる。


使い続けられたホテルのキーにも愛着を感じる
 磨き尽くされた蛇口とハンドル。その美しさに
惚れ惚れするも、寒い日、ハンドルをひねり
すぐに暖かいお湯にありつけたことが嬉しい。
 かつて本館の入口の階段を昇ると正面に
みえるエレベーター上の時計。開業当時は
シチズンの文字は無かったが、、、。
 終戦後、この目の前の山下公園には進駐軍のキャンプがあり、多くの米兵はこのホテルを眺めていたという。このホテルには将校が利用していた。厚木からこのホテルに直行したマッカーサーは3日しか滞在しなかったが、このホテルへ直行したという歴史の1ページは忘れられない。現在3階の315の部屋はマッカーサーズスイートとして泊まることができる。オリジナルはデスクとチェアーだけだが、ここからの眺めを気に入っていたというこの歴史的な場所を実感することができるのかもしれません。大仏次郎氏が利用した部屋は318であった。
 2009年の横浜開港150周年記念の頃からこれらの写真パネルが展示してありました。先月から私のホテルラベルパネルも加わり一新した展示スペースとなりました。それぞれの写真は他では見れない貴重なもの。このホテルで繰り広げられた歴史を垣間見るには良い資料となっています。
 建物は変らず、ただ人のみが変ってゆくのでしょうか。過去のそれぞれの時代の姿と共に、今という時代をまた今ならではの姿を持っている。私達が通り過ぎる時間は一瞬。その変化を知らずに過ぎる時間ほうが長いのかもしれません。
 大桟橋からの眺め。かつてこの眺めの先にはグランドホテルがあり、オリエンタルパレスホテル、クラブホテルが望めた。関東大震災後ホテルニューグランドのみがその代わりとなって横浜への来航者を迎えていた。古い絵葉書の時代はもう遥か昔のこと。港町のホテルはもう過去の船旅が主であった時代とは違ってしまった。現代ならではのその存在意義がこの先問われてゆくのであろうか。
 2011年1月、憧れのホテルニューグランドに宿泊した。残念ながら、今日ホテルラベルの配布は行なっていないとのこと。私は宿泊記念として自らラベルを作成し手渡してきました。今日、かつてのようなラベルを望む時代ではないことが判っているだけに、これからの宿泊も、こうしたオリジナルラベルを作成してゆこうと思っている。
 宿泊の思い出を、自ら作らねばならないという変な時代になってしまった。然し、そんな時代だから、逆にこうしたことをして自ら思い出作りをすることもまた楽しいことなのかもしれません。また泊まることがあれば、更に新しいものを考えなくてはなりませんね。ともあれ、一度だけの宿泊に、一枚だけのデザインラベル。贅沢な楽しみだと思っています。
 ただ残念だったのは、この日は風邪をひいて最悪な状態だったということである。